猫島に行ってきました、という投稿をSNSで見かけます。フェリーを降りた瞬間に猫に囲まれ、カメラを向け、写真を撮り、日帰りで帰ってくる。楽しかった、かわいかった。それはそれで嘘ではないのでしょう。
けれど、猫島は「猫がたくさんいるテーマパーク」ではありません。そこには潮風と廃屋と高齢化があり、猫はその風景の中で生き延びている動物です。この記事では、猫島を「観光地」として消費するのではなく、「猫が住んでいる時間」に足を踏み入れるための視点をお伝えします。
なぜ猫島は「観光地」になったのか
日本の猫島がメディアに取り上げられるようになったのは、2010年代初頭のことです。きっかけはSNSでした。「人口より猫が多い島」という事実が写真つきで拡散され、テレビ番組や海外メディアが追随し、一部の島には年間数万人の観光客が押し寄せるようになりました。
愛媛県の青島は、2014年頃にSNSで「猫の楽園」として爆発的に拡散されました。当時の島民はわずか十数名。1日2便しかないフェリーの定員は34名なのに、100人以上が港に並ぶ日もあったといいます。島にはコンビニも飲食店もトイレも港に1つあるだけ。観光客を受け入れるインフラは何もありませんでした。
宮城県の田代島――猫が神になった島のドキュメントは、東日本大震災の復興を機に猫島として注目されました。福岡県の相島は2013年にCNNの「世界6大猫スポット」に選出され、海外からの訪問者が急増しました。香川県の佐柳島は、猫がひょいと飛ぶ「飛び猫」の写真で一躍有名になりました。
共通しているのは、島の側が「猫で観光客を呼ぼう」と企画したわけではないことです。猫がいる暮らしを外部の人間が「発見」し、勝手に消費のサイクルに組み込んでいった。そこに猫島の構造的な問題があります。
観光客が来ることで島に何が起きるか
猫島に観光客が増えると、いくつかの問題が生じます。
- 餌やりの過剰:観光客が猫に餌を与えすぎることで、猫の肥満や食中毒、ゴミの散乱が起きます。特にキャットフード以外のもの(菓子パン、スナック菓子など)を与えるケースが後を絶ちません
- 生活圏への侵入:猫の写真を撮るために民家の庭先や畑に無断で入る観光客がいます。島民にとっては日常生活の空間であり、「写真映え」のための背景ではありません
- 猫のストレス:猫は本来、自分のテリトリーで静かに過ごす動物です。大勢の人間がカメラを向けながら近づいてくる環境は、猫にとってストレス以外の何物でもありません
- 繁殖の加速:餌が増えると猫の繁殖も加速します。結果として島のキャパシティを超える猫が生まれ、その後の管理が島民の負担になります
青島では観光客の急増を受けて、2018年頃から「猫の餌やり禁止」のルールが導入されました。それでも無断で餌を置いていく人が絶えなかったといいます。島民は「猫が好きだから来てくれるのはありがたい。でも、島の暮らしを壊さないでほしい」と語っています。
「猫の時間」に入るとはどういうことか
観光ではなく、猫の時間に入る。それはつまり、「自分のペースで猫を見にいく」のではなく、「猫のペースに自分を合わせる」ということです。
猫島の猫には、1日の中にリズムがあります。早朝、漁師が港に出る時間帯には、猫も港に集まってきます。これは、漁師の作業中にこぼれる魚を知っているからです。昼前には日当たりのいい路地や廃屋の屋根に移動し、長い午睡に入ります。夕方になると再び動き始め、島の裏手の草むらや海岸線を巡回します。
この「猫時間」に自分のスケジュールを合わせてみると、島の見え方がまったく変わります。日帰りのフェリーに縛られず、できれば1泊する。朝5時に起きて、誰もいない港で猫と漁師の関係を観察する。午後の静かな路地で、猫が寝転がる場所を20分かけて見つける。夕暮れの防波堤で、海を見つめる猫の横に座る。
写真家の岩合光昭という人。世界を猫で歩く写真家の眼氏は、猫を撮るときに「猫の目線の高さにカメラを構える」と語っています。物理的にしゃがむ、ということだけでなく、猫の世界にこちらが降りていくという姿勢の問題です。猫島でも同じことが言えます。
島ごとに異なる「猫と人間の距離感」
日本の猫島完全ガイド。人口より猫が多い島の地図は十数か所ありますが、それぞれに猫と人間の関係は異なります。
田代島(宮城県石巻市)──信仰が生んだ距離
猫を大漁の神として祀る島。猫神社が島の中央にあり、犬の持ち込みが禁止されています。猫は人間を恐れませんが、過度に甘えてくることもない。漁師と猫の間にある「尊敬を含んだ無関心」が心地よい島です。
青島(愛媛県大洲市)──人間が去った空間
島民5〜6人に対して猫が100匹以上。猫は人間に対して積極的ですが、それは「新しい人間=食べ物」と学習しているからです。廃屋を猫が占拠している風景には、過疎化と動物のたくましさが同居しています。
相島(福岡県新宮町)──観光と共存の実験場
CNN「世界6大猫スポット」に選ばれた島。人口280人に猫160匹。他の猫島と比べて島民が多く、地域のNPOが猫の管理やTNR(捕獲・不妊手術・返還)を組織的に行っています。観光と猫の共存を模索する先進的な島です。
佐柳島(香川県多度津町)──「飛び猫」の聖地
写真家・五十嵐健太氏の写真集で有名になった「飛び猫」の島。猫が堤防から堤防へぴょんと飛び移る姿が人気ですが、これは猫が日常的に行っている移動の一部にすぎません。飛ぶ瞬間だけを切り取るのではなく、飛ぶ前後の猫の行動にも目を向けたい場所です。
男木島(香川県高松市)──アートと猫の共存
瀬戸内国際芸術祭の会場の一つで、現代アート作品と猫が共存する独特の風景があります。アートを見に来た人が猫にも出会う。猫を見に来た人がアートにも触れる。意図せぬ交差が起きる島です。
猫島で写真を撮るときに大切な5つのこと
猫島で「猫の時間」を撮るために心がけたいことをまとめます。
- フラッシュは使わない:猫の目は人間の6倍の光量を感じ取ります。フラッシュは猫にとって強烈なストレスです。自然光だけで撮ることを前提にしてください
- 追いかけない:猫が逃げたら追わない。これが鉄則です。追いかければ追いかけるほど猫は警戒し、次の訪問者にも警戒するようになります。猫がこちらに来るまで待つ忍耐力が、いい写真を生みます
- 餌で釣らない:餌を使ったポーズの写真は、猫の自然な行動ではありません。餌で猫を集めて撮影する行為は、島のルールにも反している場合がほとんどです
- 猫の「拒否」を読む:猫が耳を後ろに倒す、しっぽを低く振る、体を小さく丸めて目をそらす。これは「来ないで」のサインです。人間の都合で無視しないでください
- 島民への挨拶を忘れない:猫島はまず「人が住む島」です。すれ違う島民には挨拶をし、畑や庭先には勝手に入らない。この基本的なマナーが、猫島の文化を守ることにもつながります
猫島の未来──人がいなくなった島で猫はどうなるのか
猫島が抱える最大の問題は、過疎化です。青島の島民は平均年齢が70代後半で、数年以内に無人島になる可能性が報じられています。田代島もここ数年で島民が減少し続けています。
島民がいなくなったとき、猫はどうなるのか。答えは単純ではありません。漁師がいなくなれば漁港にこぼれる魚もなくなります。餌を管理する人間もいなくなります。TNR活動を行うボランティアも、島にアクセスする手段が限られます。
一方で、相島のようにNPOと自治体が連携して猫の管理体制を構築している島もあります。田代島では「猫が島の観光資源である」という認識のもと、一般社団法人が猫の健康管理と環境整備を担っています。
猫島の猫に「かわいい」と言うのは簡単です。しかし、その猫がどんな環境で生き、誰に支えられ、将来どうなるのかまで知ろうとすることが、猫島を「消費」しないということなのだと思います。
よくある質問(FAQ)
Q. 猫島に行くならどの島がおすすめですか?
「猫がたくさんいる島」ではなく、「自分が何を見たいか」で選ぶことをおすすめします。猫と人間の信仰に触れたいなら田代島、過疎と動物の関係を考えたいなら青島、観光と管理の共存を学びたいなら相島が適しています。アクセスの良さで選ぶなら、博多からフェリーで17分の相島か、高松からフェリーで40分の男木島が現実的です。いずれの島も、日帰りよりも1泊して「猫の時間」を味わうことを強くおすすめします。
Q. 猫島で猫に餌をあげてもいいですか?
基本的にはあげるべきではありません。多くの猫島では餌やりに関するルールが定められており、無断での餌やりは禁止または自粛が求められています。猫の健康管理をしている団体が栄養バランスを考えた食事を与えているケースが多いため、観光客の気まぐれな餌やりはかえって猫の健康を損ねます。どうしても何かしたい場合は、島の猫保護団体への寄付という形が最も有意義です。
Q. 猫島の猫は野良猫ですか?
法律的な分類では「飼い主のいない猫(地域猫)」に該当します。しかし実態は島によって異なります。田代島では島民全体で猫を見守る文化があり、特定の飼い主はいなくても「島の猫」として管理されています。相島ではNPOがTNR活動を行い、個体識別も進んでいます。青島では管理体制が十分でなく、動物愛護の観点から課題を抱えています。「野良猫」という一言で片づけられない、島ごとの文脈があります。
まとめ
猫島は観光地ではなく、猫と人間が時間を共有してきた場所です。そこにある「猫の時間」は、フェリーで往復するだけでは見えません。早朝の港、午後の路地裏、夕暮れの防波堤。猫のペースに自分を合わせたとき、はじめて猫島の本当の姿が立ち現れます。写真を撮るなら、猫の「かわいい」ではなく、猫の「暮らし」を撮ってください。
URAYAMA NO NEKOについて
URAYAMA NO NEKOは、猫カルチャーを発信するブランドです。猫のいる風景、猫と暮らす空間、猫が登場するアートやデザイン。猫を取り巻く文化のすべてを、カルチャーメディアとして記録し、発信しています。オリジナルグッズはこちら → SHOP
猫の世界をもっと深く。URAYAMA NO NEKOの最新情報はInstagramで → @urayamanoneko
執筆:URAYAMA NO NEKO / Tetsu Onodera

コメント