東京の下町に、猫が街の「住人」として愛され続けている場所があります。日暮里駅から徒歩数分、夕やけだんだんと呼ばれる階段を下りた先に広がる谷中銀座商店街。約170メートルの通りに約60の店舗が軒を連ねるこの商店街は、「猫の街」として全国の猫好きに知られています。
木彫りの七福猫、猫のしっぽを模した焼き菓子、招き猫の絵付け体験。そして路地裏で静かに昼寝をする本物の猫たち。谷中には、観光用に演出されたものではない、人と猫の暮らしが自然に重なり合った風景が残っています。この記事では、谷中銀座の猫文化を「七福猫」を軸にたどりながら、寺町と猫の歴史的な関係、そして歩くたびに出会える猫スポットを紹介します。
夕やけだんだん──猫の街への入口
谷中銀座を語るとき、必ず最初に名前が挙がるのが「夕やけだんだん」です。JR日暮里駅の西口から御殿坂を歩き、谷中銀座商店街の北端にさしかかると、36段の石段が目の前に現れます。この階段が夕やけだんだんです。
名前の由来は、階段の上から西を向くと商店街の屋根越しに夕陽が沈む光景が見えることから。かつてはこの階段の周辺に野良猫が集まり、夕方になると段の上で日向ぼっこをする姿が日常的に見られたといいます。現在は地域猫活動の取り組みにより猫の数は減りましたが、それでもなお、ここは猫と出会える場所として知られています。
階段を下りきると、谷中銀座商店街の入口です。昭和20年頃に自然発生的に生まれたこの商店街は、現在も下町の空気を色濃く残しています。チェーン店ではなく個人商店が中心であること、通りの幅が狭く人と人の距離が近いこと。そうした要素が、猫が居つきやすい環境をつくってきたのでしょう。
七福猫とは何か──商店街に隠れた7匹の木彫り猫
谷中銀座商店街を歩くと、屋根の上や壁面、店先のさりげない場所に木彫りの猫のオブジェが点在していることに気づきます。これが「七福猫」です。
七福猫は2009年(平成20年度の事業として)、東京藝術大学の学生たちによって制作・設置されました。谷中がかつて多くの猫と共に暮らしてきた街であること、夕やけだんだんの周辺で猫たちが日向ぼっこをしていた風景への敬意から、このプロジェクトは生まれています。
7匹の猫は、商店街のあちこちに散りばめられています。屋根の上から通行人を見下ろす猫、壁に張りついてこちらを覗く猫、丸くなって眠っている猫。意識して探さなければ見過ごしてしまうほど自然に街に溶け込んでいます。「7匹すべてを見つけると幸せになれる」という言い伝えが広がり、谷中銀座を訪れる人の多くが七福猫探しを楽しんでいます。
七福神にかけた「七福猫」という名前も秀逸です。谷根千エリアには江戸時代から続く七福神めぐりの文化があり、その土地の記憶と猫文化を重ね合わせた命名は、この街ならではのものでしょう。
寺町・谷中と猫──60を超える寺院が育んだ猫文化
谷中が「猫の街」になった背景には、この地域が日本有数の寺町であるという歴史的な事情があります。
谷中には60を超える寺院が集中しています。江戸時代初期にはわずかな寺院しかなかったこの地域ですが、1657年の明暦大火をきっかけに江戸市中から多くの寺院が移転し、宝永年間(1704〜1710年)には現在とほぼ同じ規模の寺町が形成されました。さらに、第二次世界大戦の戦禍を大きく免れたことで、江戸から続く寺町の景観が今に残っています。
寺院と猫の関係は、仏教の歴史と深く結びついています。奈良時代、遣唐使が中国から経典を持ち帰る際、ネズミの害から守るために船に猫を乗せたことが、日本に猫が広まった起源のひとつとされています。猫は仏教の経典を守る存在として、寺と共にあったのです。
寺の境内は猫にとって理想的な住処でもあります。広い敷地、静かな環境、日向ぼっこに最適な墓地の石垣。谷中の寺町が猫を惹きつけ、猫が街の風景に溶け込み、やがて地域のアイデンティティとして定着していきました。猫を祀る神社が日本にある。猫神信仰の全記録と照らし合わせると、日本各地で猫と信仰が結びついてきた文化の一端が見えてきます。
猫に会える谷中のスポット──商店街から路地裏まで
谷中銀座とその周辺には、猫をテーマにした店舗や、猫と出会える場所が数多く存在します。代表的なスポットを紹介します。
やなか しっぽや
谷中銀座商店街の中にある焼きドーナツ専門店です。猫のしっぽをモチーフにした細長い焼き菓子が名物で、常時13〜14種類のフレーバーが並びます。1本ずつ手作りされるドーナツは、食べ歩きにもお土産にも最適です。猫のしっぽという発想が、この街だからこそ生まれたものだと感じさせます。
開運 谷中堂・カフェ猫衛門
招き猫の専門店「開運 谷中堂」と、併設された「カフェ猫衛門」。カフェでは招き猫の絵付け体験ができ、自分だけのオリジナル招き猫を作ることができます。猫に会える散歩道。全国の”猫通り”を歩くめぐりの合間に立ち寄るのにちょうどよい場所です。
布風船
谷中銀座の雑貨店で、猫モチーフの生活雑貨が充実しています。猫型のペットボトルケースや、猫柄の茶碗・箸・カップなど、日常使いできる猫グッズが並びます。お土産として選ぶ方も多い人気店です。
谷中の路地裏
商店街を一本外れた路地裏こそ、本物の猫に出会える場所です。寺の塀の上、古い民家の軒先、植木鉢の陰。谷中の猫たちは、観光客に愛想を振りまくわけではありません。ただそこに、自分たちの日常として暮らしています。その飾らない姿が、多くの猫好きを惹きつけてやまない理由でしょう。
なお、東京の猫カフェ、本当に”いい空間”だけ選んだ。でゆっくり猫と過ごしたい方には、谷根千エリアにも保護猫カフェがあります。街歩きと組み合わせて訪れてみてください。
谷中の猫と、これからの共生
谷中の猫文化は、意図的につくられたものではありません。寺町という歴史的環境、下町の人々の暮らしぶり、そして猫が自然に居つく街の構造。それらが長い時間をかけて重なり合い、「猫の街」というアイデンティティが形成されました。
近年は地域猫活動やTNRの取り組みが進み、かつてのように階段に猫が並ぶ光景は少なくなっています。七福猫のような木彫りのオブジェや猫モチーフの店舗は、生きた猫の存在に頼らない形で猫文化を継承する試みとも言えるでしょう。谷中は、猫を「見世物」にするのではなく、猫と人が同じ街で暮らしてきた記憶を大切にしている場所です。
引用・出典
- 谷中ぎんざ公式サイト(yanakaginza.com)
- 東京上野ワンダラー「谷中の『七福猫』を探せ!」(wonderer.ueno-bunka.jp)
- ことりっぷ「猫の街・谷中で下町さんぽ〜昭和レトロな商店街で七福猫探し〜」(co-trip.jp)
- さんたつ by 散歩の達人「谷中の魅力といえば、やっぱりお寺!」(san-tatsu.jp)
FAQ
Q. 谷中銀座の七福猫は全部で何匹いますか?
A. 七福猫は全部で7匹です。2009年に東京藝術大学の学生たちが制作した木彫りの猫のオブジェで、谷中銀座商店街のあちこちに設置されています。屋根の上や壁面など見つけにくい場所にもいるため、すべてを探すには商店街をじっくり歩く必要があります。7匹すべてを見つけると幸せになれるという言い伝えがあります。
Q. 谷中銀座で本物の猫に会えますか?
A. 会える可能性はありますが、確実ではありません。かつては夕やけだんだんの階段付近に多くの猫が集まっていましたが、地域猫活動やTNRの取り組みにより数は減っています。商店街の路地裏や寺院の境内など、メインストリートから少し外れた場所のほうが猫と出会いやすい傾向があります。朝や夕方の静かな時間帯がおすすめです。
Q. 谷中銀座へのアクセス方法を教えてください。
A. 最寄り駅はJR日暮里駅で、西口から徒歩約5分です。御殿坂を進み、夕やけだんだんの階段を下りると商店街に到着します。東京メトロ千代田線の千駄木駅からもアクセス可能で、商店街の南側から入る形になります。
まとめ
谷中銀座は、寺町という歴史的な土壌の上に、猫と人の暮らしが自然に重なり合って生まれた「猫の街」です。東京藝術大学の学生が制作した七福猫は、街に根づいた猫文化を形にしたオブジェとして、商店街を訪れる人々に小さな幸せを届けています。路地裏の猫、猫モチーフの店舗、そして60を超える寺院が織りなす静かな風景。谷中は、猫を愛する人にとって何度でも歩きたくなる街です。
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執筆:URAYAMA NO NEKO / Tetsu Onodera

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