日本には「猫寺」と呼ばれる寺院がいくつか存在します。猫カフェのように猫がたくさんいるから、という単純な理由ではありません。そこには、猫が主人の死を悼んで後を追った伝説や、捨てられた命を黙って受け入れてきた住職の歴史、あるいは猫の恩返しという民話が、数百年の時間を超えて息づいています。
この記事では、山口県萩市の雲林寺を中心に、日本各地の「猫寺」と呼ばれる寺院を取り上げます。猫を祀る神社が日本にある。猫神信仰の全記録が信仰の場であるのに対し、猫寺は猫と人の情愛が仏教と結びついた、もうひとつの猫文化の形です。
雲林寺──萩の山奥にある「猫まみれ」の寺
山口県萩市の中心部から車で約30分。山間の集落にひっそりとたたずむ雲林寺(うんりんじ)は、全国の猫好きが「聖地」と呼ぶ寺院です。境内には木彫りの猫像、招き猫、猫の絵馬、猫おみくじ、さらには猫の姿をした仏像まで。あらゆるものが猫で埋め尽くされており、その数は600点を超えるといわれています。
しかし、雲林寺が猫寺となったのは偶然ではありません。この寺には、400年前にさかのぼる猫の忠義の伝説が伝わっています。
長井元房と忠義の猫──「猫の丁」伝説
戦国武将・毛利輝元の重臣であった長井元房は、一匹の猫をたいへん可愛がっていました。慶長年間、輝元が逝去すると、元房は殉死。主人を失った猫は、元房の墓前から離れようとしませんでした。やがてその猫は舌を噛み、主人の後を追ったと伝えられています。
猫が亡くなった後、夜な夜な悲しげな猫の鳴き声が聞こえるようになりました。輝元の菩提寺である天樹院の住職が供養を行うと、声はぴたりと止んだといいます。以来、その一帯は「猫町(ねこのちょう)」あるいは「猫の丁」と呼ばれるようになりました。
天樹院は明治維新の際に廃寺となりましたが、雲林寺はその末寺にあたります。忠義の猫の伝説を受け継ぐ寺として、その血脈は途絶えていなかったのです。
空き寺から猫の聖地へ──現住職の歩み
とはいえ、雲林寺が現在の姿になるまでには長い空白がありました。1996年(平成8年)まで、雲林寺は無住の空き寺だったのです。転機となったのは、現住職・角田慈成(かくた じせい)さんがこの寺を受け継いだことでした。
角田住職は親族から譲り受けた招き猫を寺に飾ったところ、「うちの猫の置物も置いてほしい」という声が寄せられるようになりました。天樹院の猫伝説を持つ末寺であることに気づいた住職は、世の中の猫たちの魂を慰めようと発願。猫の供養と、猫好きの心の拠りどころとなる場を志すようになりました。
境内に並ぶ大型の木彫り猫像の多くは、山口県在住のチェーンソーアーティスト・林隆雄さんの手によるもの。荒削りでありながら表情豊かなその作品群が、山寺の厳かな空気と不思議な調和を生んでいます。猫絵馬や猫おみくじ、猫の御朱印といった授与品も充実しており、猫の御朱印コレクション。全国の猫がいる神社仏閣を求めて遠方から訪れる参拝者も少なくありません。
御誕生寺──修行僧と保護猫が暮らす福井の寺
福井県越前市にある曹洞宗の修行道場・御誕生寺(ごたんじょうじ)は、もうひとつの猫寺として全国的に知られています。年間約3万人が訪れるこの寺は、修行僧が日々の修行に励みながら、行き場を失った猫たちの保護活動を行っているという、全国的にも珍しい寺院です。
きっかけは、境内に段ボールに入れられて捨てられていた4匹の子猫でした。当時の住職・興宗和尚が慈悲の心でお世話を始めたところ、やがて「ここなら猫を預かってくれる」という話が広がり、猫の数は増え続けました。
2012年(平成24年)に就任した猪苗代承峯(いなわしろ しょうほう)住職の時代には、境内の猫は約80匹にまで増加。猪苗代住職は本格的な保護活動と里親探しを開始し、ブログやSNSで猫たちの日常を丁寧に発信し続けました。その地道な活動が実を結び、里親に引き取られた猫は300匹から400匹に及ぶといわれています。現在は約30匹の猫が境内で暮らしています。
修行僧が袈裟姿で猫に餌を与える光景は、御誕生寺ならではの風景です。仏教の慈悲と猫の命が、自然なかたちで結びついている場所だといえるでしょう。
称念寺──京都に伝わる猫の恩返し
京都市上京区にある称念寺(しょうねんじ)は、江戸時代から「猫寺」の通称で親しまれてきた浄土宗の寺院です。その由来は、猫の恩返しの伝説にあります。
慶長11年(1606年)に建立された称念寺は、三代目住職の頃、檀家であった松平家との関係が疎遠になり、寺は荒廃していました。ある夜、住職が帰宅すると、長年可愛がっていた愛猫が美しい女性の姿に化身して舞っているのを目撃します。驚いた住職は猫を追放してしまいました。
ところが数日後、猫が住職の夢枕に立ち、松平家との復縁を告げます。その後、実際に松平家との関係が回復し、寺は見事に再興。猫の恩に報いるかたちで、称念寺は「猫寺」と呼ばれるようになったのです。現在は動物供養の寺としても知られ、ペットの永代供養を受け付けています。
豪徳寺──招き猫と禅の教え
東京都世田谷区の豪徳寺もまた、「猫寺」の系譜に連なる寺院です。近江彦根藩主・井伊直孝が鷹狩りの帰路、寺の門前で白猫に手招きされて立ち寄り、激しい雷雨を避けることができたという伝説は、招き猫のルーツを辿る。豪徳寺と今戸神社、どっちが発祥か問題として広く知られています。
境内の招福殿には、参拝者が奉納した数百体の招き猫がずらりと並ぶ壮観な光景が広がります。豪徳寺の招き猫が小判を持たないのは、「猫は機会を与えるが、福をつかむのは自分自身」という禅の思想に基づくとされています。猫への感謝が仏教の教えと結びついた、独特の猫文化のかたちです。
猫寺とは何か──猫と寺院が結びつく理由
こうして見ると、「猫寺」にはいくつかの共通点があることに気づきます。
- 猫の忠義や恩返しの伝説:雲林寺の殉死した猫、称念寺の恩返し、豪徳寺の手招き猫。人と猫の情愛が寺の存続や繁栄と結びついている
- 命への慈悲:御誕生寺のように、行き場を失った猫の命を受け入れる場として機能している寺院がある
- 地域の記憶装置:猫にまつわる伝説や文化が、寺院という場に蓄積され、次世代に語り継がれている
- 静寂と猫の親和性:山寺や修行道場の静かな空気は、猫の持つ穏やかな気配とよく調和する
猫を祀る神社が日本にある。猫神信仰の全記録が養蚕や漁業といった生活の必要性から生まれた信仰の場であるのに対し、猫寺は猫と人の間に生まれた情愛や慈悲が、仏教の世界観と自然に重なり合った場所だといえるでしょう。どちらも、日本人と猫の関係の深さを物語る文化遺産です。
引用・出典
- 山口県観光サイト「おいでませ山口へ」雲林寺(猫寺)観光スポット情報
- 国土交通省 地域観光資源の多言語解説文データベース「雲林寺 概要」
- 福井県観光サイト「ふくいドットコム」御誕生寺 観光スポット情報
- 福井市公式観光サイト「福いろ」猪苗代承峯住職インタビュー
- 京都市公式 京都観光Navi「称念寺(猫寺)」
- 瀬戸内Finder「猫絵馬、猫みくじ、猫仏!? 所構わず猫づくしの『猫寺』/雲林寺」
- カラふる 地方創生&多文化共生マガジン「とにかく猫だらけ。世界中から猫好きが訪れる山口県『雲林寺』」
FAQ
Q. 雲林寺はなぜ「猫寺」と呼ばれているのですか?
A. 雲林寺は、毛利輝元の重臣・長井元房の愛猫が主人の死後に殉死したという伝説を持つ天樹院の末寺です。1996年に現住職の角田慈成さんが寺を受け継ぎ、この伝説にちなんで猫の供養と猫にまつわる品の収集を始めました。現在は境内に600点以上の猫の置物や木彫り像が並び、猫絵馬・猫おみくじ・猫の御朱印など授与品も充実しています。山口県萩市の山間にあり、全国から猫好きが訪れる「猫の聖地」となっています。
Q. 御誕生寺ではどのような猫の保護活動が行われていますか?
A. 福井県越前市の御誕生寺では、境内に捨てられた猫を修行僧たちが保護・飼育しています。現在は約30匹の猫が暮らしており、SNSを活用した里親募集活動を通じて、これまでに300匹から400匹の猫が新しい家族のもとへ引き取られました。修行道場でありながら猫の命を受け入れるその姿勢は、仏教の慈悲の精神を体現するものとして多くの支持を集めています。
Q. 猫寺と猫神社はどう違うのですか?
A. 猫神社は養蚕や漁業の守り神として猫を神格化し祀った、生活に根ざした民間信仰の場です。一方、猫寺は猫と人の間に生まれた忠義・恩返し・慈悲といった情愛が仏教と結びついた場所です。雲林寺の殉死伝説や称念寺の恩返し、御誕生寺の保護活動など、それぞれに固有の物語があります。詳しくは猫を祀る神社が日本にある。猫神信仰の全記録もあわせてご覧ください。
まとめ
猫寺とは、猫と人の間に生まれた情愛や慈悲が、仏教の世界観と結びついて継承されてきた場所です。雲林寺には400年前の忠義の猫の伝説が、御誕生寺には現在進行形の保護活動が、称念寺には猫の恩返しの民話が息づいています。それは「猫がたくさんいる寺」という表層を超えた、日本固有の猫文化の一断面です。猫好きの方はもちろん、寺院文化や日本の動物観に関心がある方にとっても、訪ねる価値のある場所だと思います。
URAYAMA NO NEKOは、猫カルチャーを発信するブランドです。
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Written by URAYAMA NO NEKO / Tetsu Onodera
猫と暮らす視点から、アート・カルチャー・プロダクトを横断するメディア。
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