古代エジプトで神として崇められた猫は、約4,000年の時を経て、NFTとして約6,000万円で取引される存在になりました。時代が変わり、技法が変わり、メディアが変わっても、猫はつねにアートの中心に居座り続けています。本記事では、古代エジプトから現代のデジタルアートまで、美術史における猫の描かれ方の変遷をたどります。
古代エジプト――猫は「神」だった
猫とアートの関係は、紀元前2000年頃の古代エジプトにまで遡ります。エジプトでは猫は単なるペットではなく、神聖な存在でした。女神バステトは猫の頭を持つ姿で表され、家庭の守護・豊穣・喜びの象徴として広く信仰されています。
裕福な家庭では猫に宝石をまとわせ、王族と同等の食事を与えました。猫が亡くなるとミイラにして手厚く埋葬し、飼い主は悲しみのしるしとして眉を剃ったと伝えられています。スミソニアン協会の「Divine Felines」展が示すように、猫はエジプトの社会的・宗教的慣習の中で3,000年以上にわたって表現され続けました。
この時代、猫を描くことは信仰の行為そのものだったのです。
中世ヨーロッパ――「悪魔の使い」に転落した猫
古代エジプトで神だった猫は、中世ヨーロッパで一転して「悪魔の使い」とみなされるようになります。とくに黒猫は魔女の使い魔として恐れられ、宗教画においても不吉な象徴として描かれることが少なくありませんでした。
しかし、それでも猫は絵画から完全に消えることはありません。写本の余白(マージナリア)には、ネズミを追いかける猫やいたずらをする猫がユーモラスに描かれています。聖母子像の足元にさりげなく配された猫は、家庭の温かさを示すモチーフとして機能していました。暗黒の時代にあっても、猫はアートの中にしぶとく生き残ったのです。
江戸時代の日本――浮世絵が切り拓いた「猫カルチャー」
日本における猫のアート史を語るうえで、浮世絵の中の猫たち。江戸時代の猫ブームを読むは避けて通れません。日本最古の猫の絵画は12世紀の絵巻物「信貴山縁起」に描かれた赤い首輪をつけた黒縞の猫とされていますが、猫が美術の主役に躍り出たのは江戸時代後期のことです。
その立役者が歌川国芳――江戸のストリートアーティストは無類の猫好きだった(1797〜1861年)。自宅に常時十数匹の猫を飼い、懐に子猫を入れたまま筆を走らせた国芳は、確認されているだけで5,300枚以上の錦絵を残しました。太田記念美術館の調査によれば、国芳一門の作品には実に2,321匹もの猫が描かれています。
代表作「其まま地口 猫飼好五十三疋」(1848年頃)は、東海道五十三次の宿場名を猫のダジャレで表現した知的エンターテインメント。「猫の当字」シリーズでは、複数の猫が体を曲げて文字を形成する「猫フォント」を生み出しました。天保の改革で役者絵が禁止されると、歌舞伎役者の顔を猫に置き換えて検閲を回避するという離れ業まで見せています。
国芳にとって猫は、愛玩動物であると同時に、表現の自由そのものだったのかもしれません。
19世紀フランス――印象派が描いた「家庭の中の猫」
19世紀のフランス印象派は、猫を「神」でも「悪魔」でもなく、「家庭の中にいる存在」として描きました。ここで猫は初めて、ありのままの姿で絵画の主題になったと言えます。
エドゥアール・マネは「オランピア」(1863年)で横たわる裸婦の足元に黒猫を配し、当時の観客に衝撃を与えました。この黒猫は娼婦の暗示、あるいは挑発の象徴として読み解かれています。一方、「丸まって眠る猫」(1861年)では、わずかな筆致で猫の形態を捉える観察眼を見せました。
ピエール=オーギュスト・ルノワールは筋金入りの猫好きとして知られます。「シャルパンティエ夫人とその子どもたち」(1878年)では夫人の膝元にさりげなく猫が座り、1887年の「猫を抱くジュリー・マネ」ではベルト・モリゾの娘が白い猫を抱く親密な瞬間を捉えています。ルノワールの絵の具の中に猫の毛が混入していることが、作品の真贋判定に使われたという逸話は、彼がいかに猫と密着して制作していたかを物語ります。
そしてテオフィル=アレクサンドル・スタンランの「黒猫」ポスター(1896年)。パリのキャバレー「シャ・ノワール(黒猫)」の巡業を告知するこのリトグラフは、猫を近代的なグラフィックデザインへと昇華させた記念碑的作品であり、現在も世界で最も有名な猫のアート作品のひとつです。
ポップアート――ウォーホルの「25匹のサム」
20世紀半ば、ポップアートの旗手アンディ・ウォーホルが猫を描いていたことは、意外に知られていません。
1950年代、ニューヨーク・イースト57丁目のアパートで母ジュリア・ウォーホーラと暮らしていたウォーホルは、最初の1匹「ヘスター」から始まり、最終的に25匹のシャム猫を飼うようになります。すべての猫が「サム」と名付けられました。1954年に制作されたアーティストブック「25 Cats Name Sam and One Blue Pussy」は、190部の限定版で、リトグラフに手彩色を施した作品集です。母ジュリアがカリグラフィーを担当し、タイトルの「Named」から「d」を落としてしまったミスを、ウォーホルはそのまま採用しました。
鮮やかで非自然的な色彩で猫を描くこの手法は、のちにキャンベルスープ缶やマリリン・モンローで爆発するウォーホルのスタイルの原点とも言えます。猫は、ポップアートの帝王にとって最初のミューズだったのです。
ストリートアート――バンクシーが壁に描いた猫
21世紀のストリートアートシーンにおいても、猫は重要なモチーフであり続けています。
バンクシーが描いた子猫。ガザの壁に残されたメッセージは政治的メッセージを込めた作品で知られますが、猫を描くときは純粋に遊び心を前面に出すことがあります。黄色い壁に描かれた「猫とネズミ」では、猫が追いかけていたネズミが翅を生やして飛び去る瞬間が描かれました。2024年にはロンドン北東部の看板にストレッチする巨大な黒猫を描き、発見からわずか数時間で盗難を恐れた業者に撤去されるという騒動も起きています。
フランスのストリートアーティストC215は猫のステンシル作品を世界各地の壁に残し、「ストリートアートの猫使い」として知られます。国芳が版木に刃を入れたように、現代のストリートアーティストたちはスプレー缶で壁に猫を描く。手法は変わっても、猫を通じて社会にメッセージを届けるという構図は200年前と変わっていません。
NFT時代――猫がデジタルアートの扉を開けた
2017年、イーサリアムブロックチェーン上で「CryptoKitties」がリリースされました。ユーザーがデジタル猫を売買・交配・収集できるこのゲームは、NFT(非代替性トークン)の概念を一般に広めた最初のヒット作のひとつです。レアな猫には数百万円の値がつき、ブロックチェーンの取引が一時的に渋滞するほどの熱狂を生みました。
そして2021年2月、クリス・トーレスが制作したアニメーションGIF「Nyan Cat」(ニャンキャット)のリマスター版が、NFTオークションで300ETH(当時約6,000万円)で落札されます。2011年に誕生した虹色の軌跡を残して飛ぶ猫のGIFが、10年の時を経てデジタルアート市場の歴史を塗り替えたのです。トーレスはこの売却について「暗号資産の世界にまったく新しいミーム経済を開いた」と語りました。
古代エジプトの神殿に刻まれた猫が、いまやブロックチェーン上に刻まれている。メディアは石からデジタルへと変わりましたが、人類が猫を記録し、所有し、崇拝したいという欲望は、4,000年前からまったく変わっていないようです。
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引用・出典
猫はエジプトの社会的・宗教的慣習の中で3,000年以上にわたって表現され続けた。女神バステトは猫の頭を持つ姿で描かれ、家庭の守護、豊穣、喜びの象徴として広く信仰された。
出典: Smithsonian Institution「Divine Felines: Cats of Ancient Egypt」展解説
国芳一門の浮世絵には243作品・2,321匹の猫が描かれている。猫は浮世絵において最も頻繁に登場する動物であった。
出典: 太田記念美術館「浮世絵猫百景―国芳一門ネコづくし」展
ルノワールの絵の具に混入した猫の毛が、作品の真贋判定に使用されたことがある。それほどルノワールは猫と密着して制作していた。
出典: Artnet News「Art Bites: How Renoir’s Love of Cats Is Enshrined in His Paintings」
Nyan CatのNFTは2021年2月に300ETH(約59万ドル)で落札された。制作者のクリス・トーレスは「暗号資産の世界にまったく新しいミーム経済を開いた」と語った。
出典: CoinDesk「Nyan Cat NFT Sells for 300 ETH, Opening Door to the ‘Meme Economy’」
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よくある質問(FAQ)
Q. 猫はなぜこれほど多くのアーティストに描かれてきたのですか?
猫が美術史の中で繰り返し描かれてきた理由は、大きく3つあります。第一に、猫の身体は曲線が美しく、静止しても動いても絵になる造形的な魅力があること。第二に、猫は「神聖さ」「自由」「神秘」「家庭」「反骨」など、時代や文化に応じて多様な意味を投影できるシンボリックな存在であること。第三に、猫は人間の近くにいながら完全には支配されない動物であり、アーティストが惹かれる「自律性」を体現していること。これらの特性が、4,000年にわたる猫アートの連続性を支えています。
Q. 日本の浮世絵における猫アートの特徴は何ですか?
日本の浮世絵における猫アートの最大の特徴は「擬人化」と「遊び心」です。歌川国芳は猫に着物を着せて人間の活動を模させたり、猫の体で文字を形成する「猫の当字」を生み出したりしました。ヨーロッパの美術が猫を主に写実的に描いたのに対し、日本の浮世絵は猫をキャラクター化し、風刺やユーモアの道具として活用した点がユニークです。この擬人化の伝統は、現代の日本の漫画・アニメ文化における猫キャラクターの源流ともいえます。
Q. NFTアートにおいて猫が重要なモチーフになったのはなぜですか?
NFTアートにおける猫の重要性は、インターネット文化と深く結びついています。2000年代以降、LOLcat(おもしろ猫画像)やNyan Catなどの猫ミームがインターネット上で爆発的に拡散し、猫は「ネット文化の象徴」としての地位を確立しました。2017年のCryptoKittiesはこのネット猫文化とブロックチェーン技術を融合させ、2021年のNyan Cat NFT(約6,000万円で落札)はデジタルアート市場の転換点となりました。猫はインターネット時代の「大衆のアイコン」であり、NFTの民主的な性質と相性が良かったのです。
まとめ
古代エジプトの神殿で神として刻まれた猫は、中世の写本に潜り込み、江戸の浮世絵で庶民を笑わせ、印象派の絵画で家庭に溶け込み、ポップアートで色彩を纏い、ストリートの壁を駆け抜け、ブロックチェーン上に永遠に記録されました。4,000年間、メディアも技法も美学も変わり続けてきましたが、人類が猫を描きたいという衝動だけは一度も途切れていません。猫がアートの中心にいるのではなく、猫こそがアートの歴史そのものなのかもしれません。
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執筆:URAYAMA NO NEKO / Tetsu Onodera

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