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岩合光昭という人。世界を猫で歩く写真家の眼

動物写真家・岩合光昭(いわごう みつあき)。NHK「世界ネコ歩き」でおなじみのこの人は、日本人として初めてナショナル ジオグラフィック誌の表紙を2度飾った、世界的な野生動物写真家です。セレンゲティのライオンからイスタンブールの野良猫まで、半世紀以上にわたって動物と向き合い続けてきた写真家の眼差しには、「猫を撮る」という行為を文化に変えてしまう力が宿っています。

この記事では、岩合光昭の経歴、写真哲学、そして「世界ネコ歩き」が日本の猫文化に与えた影響を、人物論として読み解きます。

目次

動物写真家の息子、ガラパゴスで目覚める

1950年、東京都足立区生まれ。父・岩合徳光もまた動物写真家でした。写真の英才教育を受けたわけではありません。ただ、家にはいつもカメラがあり、動物の話があり、フィルムの匂いがあった。そういう環境で育った青年は、法政大学経済学部に進学します。

転機は19歳のとき。父の助手としてガラパゴス諸島を訪れたことでした。ゾウガメ、ウミイグアナ、アオアシカツオドリ。人間を恐れない動物たちがそこにいて、カメラを向けた瞬間、岩合青年の人生は決まりました。大学卒業後、動物写真家として独立。以降、地球上のあらゆる場所で動物を撮り続ける人生が始まります。

セレンゲティで世界に名を刻む

動物写真家としてのキャリアを決定づけたのは、1979年の木村伊兵衛写真賞受賞(受賞作『海からの手紙』)と、1982年から1984年にかけてのアフリカ滞在でした。

タンザニアのセレンゲティ国立公園に家族とともに2年間滞在し、撮影した写真集『おきて(Serengeti: Natural Order on the African Plain)』は世界的なベストセラーとなり、英語版だけで15万部を超えました。1985年には講談社出版文化賞と日本写真協会年度賞をダブル受賞。そして1986年5月号と1994年12月号の2度にわたり、ナショナル ジオグラフィック誌の表紙を飾ります。日本人写真家として初めてのことでした。

岩合光昭は、野生動物の写真家として世界のトップに立った人です。その人が、あるとき「猫」に本格的に向き合い始めます。

なぜ野生動物写真家が「猫」を撮るのか

岩合光昭にとって、猫は特別な存在であると同時に、野生動物と地続きの存在でもあります。

インタビューでたびたび語っているのは、「猫は人間のそばにいる野生動物」という認識です。家猫であっても、その動き、その目つき、その反射神経には野生の記憶が残っている。サバンナのライオンを撮った眼で路地裏の猫を見ると、そこに同じ「動物としての美しさ」が見える。岩合光昭が猫を撮り始めたのは、野生動物写真家としての文脈の延長線上にあるのです。

だからこそ、岩合光昭の猫写真は「かわいい猫の写真」とは違います。猫の体の線、筋肉の動き、光を受けた毛並みの質感。猫という動物が持つ構造的な美しさを、野生動物を撮るときと同じ精度で捉えている。それが岩合作品の核心です。

「徹底的にネコの立場に立つ」という哲学

岩合光昭の撮影スタイルは、一言で表現すれば「待つ」ことです。

OM SYSTEM(旧オリンパス)のインタビューで、岩合はこう語っています。「自分がどんな写真を撮りたいか」ではなく、ネコのことを第一に考える。最初は遠くから撮り始めて、ネコがこちらに好奇心を持ってくれるまで、ひたすら待ち続ける、と。

撮影時は、ほふく前進スタイルで猫と同じ目線まで下がります。小さな子どもに話しかけるとき、しゃがんで目線を合わせるのと同じ原理です。子猫を撮るときは、まず母猫に「撮らせてください」と許可をもらう。猫が近づいてきたら、カメラの前には「猫しか目に入らない」。

この姿勢を支えているのは、岩合自身の言葉を借りれば「被写体を愛さなければ、人に楽しんでもらえるような写真は撮れない」という信念です。テクニック以前の、被写体との関係性の問題。だからこそ岩合の猫写真には、猫が「撮られている」という緊張感がありません。猫はただ、そこにいる。その自然さこそが、岩合光昭の写真の最大の特徴です。

「世界ネコ歩き」という文化現象

2012年8月、NHK BSプレミアムで3夜連続のスペシャル番組として放送された「岩合光昭の世界ネコ歩き」。翌2013年3月からレギュラー化され、以後10年以上にわたって放送が続く長寿番組となりました。

この番組が日本の猫文化に与えた影響は、テレビ番組の枠を大きく超えています。

  • 猫を「観る」文化の定着:「世界ネコ歩き」は、猫を飼っていない人にも「猫を観る楽しさ」を届けました。飼育体験ではなく、観察と鑑賞という新しい猫との関わり方をテレビで提案した番組です
  • 猫写真展の大衆化:番組と連動した写真展は全国の百貨店やギャラリーを巡回し、写真展に行く文化がなかった層をも動かしました。日本橋三越、大丸京都、伊勢丹立川など、2025年以降もなお巡回が続いています
  • 「猫の街」という観光資源の顕在化:番組で紹介された世界各地の猫スポットが観光地として注目されるようになりました。猫島、猫カフェの聖地、ヨーロッパの猫の街。猫と土地を結びつける文化ツーリズムの起点になっています
  • 15分版「mini」の派生:2013年7月からは15分のミニ版が放送開始。「猫識(ねこしき)」と呼ばれる猫の豆知識コーナーを含み、250話以上が放送されました。テレビをつけておくと飼い猫が画面に釘付けになる、という報告が全国から寄せられる、猫のための番組にもなりました
  • 映画への拡張:2019年の映画「ねことじいちゃん」、2021年の「劇場版 岩合光昭の世界ネコ歩き あるがままに、水と大地のネコ家族」で、岩合は映画監督としても活動。写真家から映像作家へ、猫というテーマひとつでメディアを横断しました

「世界ネコ歩き」は単なる人気番組ではなく、日本における「猫を文化として楽しむ」潮流を決定づけたメディアだったと言ってよいでしょう。猫ブーム、ネコノミクスと呼ばれる経済現象の裏側に、この番組の存在があります。

猫写真家としての立ち位置

世界には多くの猫写真家がいます。沖昌之のストリートスナップ、五十嵐健太の「飛び猫」、ウォルター・チャンドーアのスタジオポートレート。それぞれに個性がありますが、岩合光昭が決定的に異なるのは、「野生動物写真家が猫を撮っている」という点です。

セレンゲティでライオンと対峙した人間が、同じ真剣さで路地裏の猫と向き合っている。ナショナル ジオグラフィックの表紙を飾った写真家が、地面に這いつくばって野良猫にレンズを向けている。このギャップが、岩合作品に独特のスケール感を与えています。猫の写真なのに、どこか壮大な気配がある。それは、撮っている人間の中にサバンナの記憶が残っているからかもしれません。

また、岩合光昭は「普通の猫」を撮り続けた写真家でもあります。ブランド猫でも血統書つきでもない、その辺にいる猫。BookBangのインタビューで語られているように、「その辺の猫を撮ることが”普通じゃなかった”時代」から、岩合は街の猫にカメラを向け続けてきました。名もなき猫に美しさを見出す眼。それこそが、動物写真家としての本質です。

猫写真の世界をもっと深く。URAYAMA NO NEKOの最新情報はInstagramで → @urayamanoneko

引用・出典

動物写真家であった父・岩合徳光の助手として19歳でガラパゴス諸島を訪れた際に動物写真家を志した。野生動物の息吹を感じるその写真は「ナショナル ジオグラフィック」誌の表紙を2度飾り、世界的に高く評価されている。

出典: 動物写真家 岩合光昭 オフィシャルサイト プロフィール

「自分がどんな写真を撮りたいか」ではなく、ネコのことを第一に考えるようにしている。最初は遠くから撮り始めて、ネコがこちらに好奇心を持ってくれるまで、ひたすらに待ち続けることが大事。

出典: OM SYSTEM「岩合光昭:徹底的にネコの立場に立つ」

He is the first Japanese photographer whose work has twice appeared on the cover of National Geographic. His Serengeti: Natural Order on the African Plain became a worldwide best-seller.

出典: Wikipedia – Mitsuaki Iwago

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よくある質問(FAQ)

Q. 岩合光昭はなぜ猫ばかり撮っているイメージがあるのですか?

実際には岩合光昭は猫だけでなく、ライオン、ゾウ、ホッキョクグマなど世界中の野生動物を半世紀以上にわたって撮影し続けている動物写真家です。ただし、2012年に始まったNHK「世界ネコ歩き」の爆発的な人気によって、一般的には「猫の写真家」というイメージが定着しました。岩合自身にとって猫はライフワークのひとつであり、野生動物と同じ真剣さで向き合っている被写体です。セレンゲティのライオンも路地裏の猫も、岩合の眼の前では等しく「撮るべき動物」なのです。

Q.「世界ネコ歩き」はいつから放送されていますか?

NHK BSプレミアムで2012年8月6日から8日にかけて3夜連続スペシャルとして初回放送され、2013年3月9日からレギュラー放送が開始されました。以降10年以上にわたって放送が続く長寿番組となっています。2013年7月からは15分版の「世界ネコ歩きmini」もスタートし、250話以上が放送されました。番組と連動した写真展も全国各地で巡回開催されており、2021年には劇場版映画も公開されています。

Q. 岩合光昭のように猫を上手に撮るコツはありますか?

岩合光昭自身がインタビューで繰り返し語っているポイントは、「猫の目線まで下がる」「待つ」「猫を第一に考える」の3つです。地面に這いつくばって猫と同じ高さにカメラを構え、猫が自分に興味を持ってくれるまでひたすら待つ。撮りたい写真を撮ろうとするのではなく、猫がどうしたいかを優先する。また、光と猫の体の「まるみ」を意識することが大切だとも語っています。テクニック以上に、猫との信頼関係を築く姿勢が、岩合流の猫写真の根幹にあります。

まとめ

岩合光昭は、セレンゲティの野生動物からイスタンブールの路地裏の猫まで、地球上のあらゆる動物を半世紀以上撮り続けてきた写真家です。ナショナル ジオグラフィック誌の表紙を2度飾った世界的な実績を持ちながら、地面に這いつくばって野良猫と目線を合わせる。「被写体を愛さなければ写真は撮れない」という信念で、猫を「かわいい」から「文化」へと押し上げました。NHK「世界ネコ歩き」は単なるテレビ番組を超え、日本における猫文化の風景を変えた文化現象です。岩合光昭の眼を通して猫を見ると、路地裏の一匹がサバンナの王者と同じ輝きを持っていることに気づかされます。

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URAYAMA NO NEKOは、猫カルチャーを発信するブランドです。猫のいる風景、猫と暮らす空間、猫が登場するアートやデザイン。猫を取り巻く文化のすべてを、カルチャーメディアとして記録し、発信しています。オリジナルグッズはこちら → SHOP

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執筆:URAYAMA NO NEKO / Tetsu Onodera

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