猫の写真は、スマホの画面で見るものになりました。InstagramやX(旧Twitter)のタイムラインに流れてくる猫の画像を、1日に何十枚も見ている人は珍しくありません。しかし、写真集で猫を見る体験はまったく別物です。紙の質感、印刷の色調、ページをめくる手触り、1冊を通じて流れる物語。画面では伝わらないものが、そこにはあります。
この記事では、「猫好きのための写真集」ではなく「アートブックとして本棚に置きたい猫写真集」を10冊紹介します。かわいいだけの写真集は1冊も入っていません。代わりに入っているのは、猫という被写体を通じて写真表現の可能性を広げた作品ばかりです。
1. 岩合光昭『ねこ』(クレヴィス)
岩合光昭という人。世界を猫で歩く写真家の眼の猫写真集は数多く出版されていますが、猫写真家としての集大成に位置づけられるのが本書です。世界各地で撮影された猫たちが、その土地の光と空気ごと切り取られています。
岩合作品の真骨頂は「猫がそこにいることの自然さ」です。写真集のページをめくると、猫に「撮られている」という意識がまったくないことに気づきます。猫はただ、そこにいる。その「ただいる」を撮るために、岩合は地面に這いつくばり、何時間も待ち続ける。本書はその忍耐の結晶であり、写真集という形式で見ることでこそ、1枚1枚の密度が体感できます。
2. 沖昌之『必死すぎるネコ』(辰巳出版)
東京の路上で野良猫を撮り続ける写真家・沖昌之の代表作。猫が塀を乗り越えようとして失敗する瞬間、ジャンプの着地に失敗する瞬間、狭い隙間に無理やり入ろうとする瞬間。猫の「必死な姿」だけを集めた写真集です。
笑える写真集、と思うかもしれません。しかし、この本がアートブックとして成立しているのは、沖昌之の撮影技術の異常な高さに支えられているからです。一瞬の表情をブレなく捉える反射神経、背景の処理の的確さ、光の読み方。笑いの裏側に、ストリートフォトグラファーとしての実力が透けて見えます。
3. 五十嵐健太『飛び猫』(宝島社)
猫がジャンプする瞬間だけを撮り続ける写真家・五十嵐健太の代名詞的シリーズ。空中で体をひねる猫、前脚を思い切り伸ばす猫、着地の瞬間に目を見開く猫。すべての写真が、重力に逆らう一瞬を切り取っています。
写真集としての価値は、「猫の身体能力の美しさ」を1冊に凝縮した構成にあります。飛んでいる猫を何十枚も連続して見ていると、猫の体が持つ設計の精密さに圧倒されます。これは猫写真集であると同時に、動物の身体構造を記録したドキュメントでもあるのです。
4. ウォルター・チャンドーア『Cats』(Taschen)
「猫写真の父」と呼ばれるアメリカの写真家ウォルター・チャンドーア(Walter Chandoha, 1920-2019)の決定版写真集。Taschenから出版されたこの大型本は、チャンドーアが生涯で撮影した8万枚以上の猫写真から厳選された作品で構成されています。
1940年代から2010年代まで、約70年にわたる猫写真の歴史がそのまま詰まっています。フィルムの粒子感、カラーフィルムの初期の発色、デジタルへの移行。写真技術の進化と猫写真の進化が重なり合う、唯一無二のアーカイブです。Taschenの大判フォーマットで見る印刷の美しさも、本書の価値を高めています。
5. 深瀬昌久『Sasuke さすけ』(Roshin Books)
日本の現代写真史において最も重要な写真家のひとり、深瀬昌久(1934-2012)。「鴉(からす)」の作者として知られる深瀬が、晩年に自身の飼い猫「サスケ」を撮影した作品群をまとめた写真集です。
深瀬昌久の猫写真は、岩合光昭や沖昌之とはまったく異なる質感を持っています。孤独、親密さ、老い、存在の不安。深瀬の内面が猫を通じて滲み出してくるような、きわめて私的な作品です。「かわいい猫写真集」とは対極にある1冊ですが、写真というメディアが猫を通じてどこまで到達できるかを知るためには、避けて通れない作品です。
6. 須藤絢乃『猫についての短いフィルム』(赤々舎)
写真家・須藤絢乃のデビュー写真集。大阪の街で出会った猫たちを、フィルムカメラで撮影した作品が収められています。タイトルが示す通り、1枚1枚の写真が「短いフィルム(映画)」のように物語を感じさせます。
この写真集がユニークなのは、猫の顔がはっきり写っている写真がほとんどないことです。猫の後ろ姿、猫が去った後の風景、猫がいたであろう場所の痕跡。「猫の不在」を撮ることで、かえって猫の存在感を強める。写真集でなければ成立しない構成の妙を味わえる1冊です。
7. 新美敬子『世界の街猫』(河出書房新社)
世界40か国以上を旅し、各地の街で暮らす猫を撮り続けてきた写真家・新美敬子の代表作。ヨーロッパの石畳、アジアの市場、アフリカの路地。猫がいるあらゆる場所の空気感が、ページの中に閉じ込められています。
猫を撮ることは、街を撮ること。猫写真展の楽しみ方という命題を、最もわかりやすく体現した写真集です。猫がかわいいのはもちろんですが、本書の真の主役は「世界の街」です。猫を入り口にして、知らない街を旅するような読書体験ができます。
8. マイケル・フリーマン『The Cat: 3500 Years of the Cat in Art』(Merrell)
写真集というよりは猫アートの大全に近い1冊。古代エジプトの猫神バステトから現代美術の猫まで、3500年にわたる猫のアート史を網羅しています。絵画、彫刻、版画、写真、ポスター。あらゆるメディアに登場する猫が、時系列で整理されています。
猫アートの全史。浮世絵からNFTまで、猫は常にアートの中心にいたに興味がある方にとっては必携の参考書。本棚に置いておくと、猫にまつわるアートの話題が出たときにすぐ参照できる実用性もあります。
9. 関由香『猫だもの』(新潮社)
写真家・関由香が日本各地で撮影した猫の写真集。漁港、温泉街、離島、商店街。日本の地方に暮らす猫たちの姿が、優しくも芯の通った視線で記録されています。
関由香の猫写真には「この猫はここで生きている」という実感があります。観光地の絵になる猫ではなく、その場所の暮らしに溶け込んだ猫。地方の風景が年々失われていく中で、猫とその場所の関係を記録した本書は、時間が経つほど資料的な価値も高まっていくでしょう。
10. 荒木経惟『愛しのチロ』(平凡社)
写真家・荒木経惟(アラーキー)が、愛猫チロとの日々を撮影した写真集。荒木作品のファンにはおなじみの1冊ですが、猫写真集として見ても独特のポジションにあります。
荒木経惟にとってチロは「被写体」ではなく「家族」でした。だから写真に気負いがありません。朝の光の中で丸くなるチロ、食卓の横で待つチロ、荒木の仕事部屋で眠るチロ。写真家の日常が猫を通じて自然と記録されています。妻・陽子を撮った「センチメンタルな旅」の延長線上にある、私写真としての猫写真集です。
猫写真集を選ぶときの3つの視点
最後に、猫写真集を選ぶときのポイントを3つ。
- 印刷の品質で選ぶ:猫写真集の良し悪しは印刷で決まります。紙の質感、インクの発色、黒の深さ。同じ写真でも、印刷のクオリティで見え方がまったく変わります。可能であれば書店で実物を手に取って、印刷を確認してから購入してください
- 構成(シークエンス)で選ぶ:1枚の写真がよくても、1冊を通じたページの流れ(シークエンス)が悪いと写真集としての満足度は下がります。最初の数ページをめくって、ページをめくる手が止まらない写真集は「当たり」です
- 「知らない猫」で選ぶ:有名なSNS猫の写真集もいいですが、まだ知らない写真家の、見たことのない猫に出会える写真集を選ぶと、世界が広がります。書店の写真集コーナーで、表紙に惹かれた1冊を手に取る勇気を持ってみてください
よくある質問(FAQ)
Q. 猫写真集はどこで買うのがおすすめですか?
猫写真集に限らず、写真集は実物を手に取って選ぶのが理想です。大型書店の写真集コーナー(代官山蔦屋書店、ジュンク堂、紀伊國屋書店など)に足を運ぶのが最良です。オンラインで購入する場合は、出版社やISBN情報を確認したうえで、中古市場(日本の古書店、eBay、Amazon等)も視野に入れてください。絶版になっている名作も多いため、古書店巡りは猫写真集コレクターの楽しみのひとつです。
Q. 猫写真集をプレゼントにするなら、どの1冊がいいですか?
相手が猫好きであれば、岩合光昭『ねこ』が最も失敗が少ない選択です。万人に伝わる美しさがあります。写真好きの方には、チャンドーアの『Cats』(Taschen)が装丁の豪華さも含めてギフト映えします。少し変わった選択肢として、沖昌之の『必死すぎるネコ』は笑いと写真の質を両立した「見せたくなる」写真集です。猫好きの友人に贈る。センスが伝わる猫ギフト15選の記事も参考にしてみてください。
Q. デジタル写真集(電子書籍)と紙の写真集、どちらがいいですか?
猫写真集に限っては、紙の写真集を強くおすすめします。理由は3つ。第一に、印刷の質感(紙の手触り、インクの発色、黒の深さ)は画面では再現できません。第二に、写真集の「サイズ感」が鑑賞体験に大きく影響します。A4判で見る猫写真とスマホ画面の猫写真では、受け取る情報量がまったく違います。第三に、物理的に本棚に並べることで、ふとした瞬間に手に取る機会が生まれます。その偶然の出会いが、写真集の醍醐味です。
まとめ
猫写真集は「かわいい猫を眺める本」ではありません。写真家が猫を通じて何を見つめ、何を表現しようとしたかが凝縮された、1冊の作品です。岩合光昭の自然さ、沖昌之のユーモア、深瀬昌久の孤独、チャンドーアの歴史。10人の写真家が見た10通りの猫がここにあります。スマホを置いて、紙の上の猫に会いに行ってみてください。
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執筆:URAYAMA NO NEKO / Tetsu Onodera

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