猫は世界中で愛されています。しかし「どう愛するか」は、国ごとにまったく違います。神として崇めた国がある。首相官邸の公式職員にした国がある。街ぐるみで野良猫を養う都市がある。廃坑の村を猫で再生させた地域がある。この記事では、日本・トルコ・エジプト・イギリス・台湾の5つの国と地域を取り上げ、それぞれの猫文化を比較していきます。見えてくるのは、猫と人間の関係の多様さ──そして、その根底にある「なぜ人は猫を特別扱いするのか」という普遍的な問いです。
5カ国の猫文化を一覧で比較する
| 国・地域 | 猫との関係の本質 | 象徴的な存在 | 猫の社会的地位 |
|---|---|---|---|
| 日本 | 信仰と共存 | 招き猫、猫島 | 縁起物・観光資源 |
| トルコ | 街全体で養う「共有の猫」 | イスタンブールの野良猫 | 市民の共有財産 |
| エジプト | 神格化と崇拝 | 女神バステト | かつて神、現在は市街の猫 |
| イギリス | 実務と愛情 | 首相官邸のラリー | 公務員(公式職名あり) |
| 台湾 | 猫による地域再生 | 猴硐猫村 | 観光と地域経済の柱 |
日本──招き猫と猫島に見る「共存と信仰」
日本に猫がやってきたのは、通説では奈良時代。中国から仏教の経典をネズミの害から守るために船に乗せられてきたとされています。ただし、弥生時代後半の長崎県壱岐市・カラカミ遺跡からイエネコの骨が出土しており、穀物を守るためにもっと早い時期から飼われていた可能性もあります。
平安時代には猫は貴族の愛玩動物になりました。宇多天皇が先帝から譲り受けた唐渡りの黒猫について日記に記したのは889年のこと。清少納言の『枕草子』にも猫への愛情が綴られています。
日本の猫文化を象徴する存在が「招き猫」です。江戸時代末期に町人文化から生まれたこの縁起物は、右手を上げれば金運を、左手を上げれば人を招くとされます。東京・世田谷の豪徳寺、愛知・常滑の招き猫通りは今も多くの人が訪れる名所です。
そしてもう一つ、日本ならではの猫文化が「猫島」。宮城県の田代島、愛媛県の青島など、住民より猫が多い離島が全国に点在しています。田代島には猫神社があり、漁師たちが大漁を祈願して猫を祀ってきました。神の使いとして敬い、同時に日常に溶け込む存在として共に暮らす。この二重性が日本の猫文化の核心です。
日本の猫島について詳しくは、日本の猫島完全ガイド。人口より猫が多い島の地図をご覧ください。
トルコ──街全体が猫の家。「共有の猫」という思想
イスタンブールには推定12万5,000匹以上の野良猫が暮らしています。しかし「野良」という言葉は正確ではありません。トルコでは猫は「誰のものでもないが、みんなのもの」だからです。
住民は自宅の前に水と餌を置き、冬には段ボールで猫小屋を作ります。商店主は店先に猫ベッドを用意し、レストランは残り物を分け与えます。これを特別な善行だとは誰も思っていません。日常の一部です。
この背景にはイスラム教の教えがあります。預言者ムハンマドは愛猫ムエッザの逸話で知られ、イスラム教では猫を「清浄な動物」として扱います。モスクへの立ち入りさえ許されるほどです。猫に水を与えることは善行(サダカ)とされ、宗教的な価値観が街全体の猫への態度を形作っています。
2014年に登場した「Pugedon(プゲドン)」は、ペットボトルをリサイクルすると猫の餌が自動で出てくる装置。環境保護と動物福祉を同時に実現するこの仕組みは、猫文化がインフラレベルにまで浸透していることの証左です。2016年公開のドキュメンタリー映画『Kedi(ケディ)』は、イスタンブールの7匹の猫を通じて街と人間の関係を描き、世界中の猫好きの心を掴みました。
イスタンブールの猫文化については、イスタンブールは猫の首都だった。世界一猫に優しい街の記録でさらに詳しく紹介しています。
エジプト──猫は「神」だった。4,000年の崇拝の歴史
エジプトは人類史上、最も猫を崇めた文明です。紀元前1980年頃にはすでに猫が社会的・宗教的な場面で描かれていました。
最初は穀物倉庫のネズミを退治する実用的な存在でした。しかし、やがて猫は神格化されていきます。その象徴が、猫の頭を持つ女神「バステト」です。もともとは獰猛なライオンの姿をした太陽神でしたが、紀元前1000年頃から家猫の姿へと変化し、家庭・出産・豊穣の守護神として広く信仰されました。
ナイル川デルタのブバスティスには巨大なバステト神殿が建てられ、年に一度の大祭には70万人が集まったとヘロドトスが記録しています。猫のミイラも大量に作られました。1888年にベニ・ハッサンで発見された猫の墓からは、推定8万体もの猫のミイラが出土しています。
古代エジプトでは猫を殺すことは重罪でした。裕福な家庭では猫に宝石を身につけさせ、猫が死ぬと家族は眉毛を剃って喪に服したといいます。猫の輸出は法律で禁止され、密輸された猫を取り戻すために使者が派遣されたという記録すら残っています。ここまで猫を崇拝した文明は、後にも先にもエジプトだけです。
エジプトと猫の関係については、猫が神だった時代──古代エジプト4,000年の猫崇拝史で詳しく掘り下げています。
イギリス──官邸の公式ネズミ捕り。実務と愛情の国
猫がブリテン島にやってきたのは約2,000年前、ローマ帝国の時代です。ローマ人がネズミ対策として連れてきた猫は、帝国が去った後も島に残り続けました。以来、イギリスの猫は常に「仕事をする猫」としての側面を持っています。
その最たる例が、ダウニング街10番地の「首相官邸ネズミ捕り長官(Chief Mouser to the Cabinet Office)」です。16世紀、ヘンリー8世の時代にはすでに政府の建物に猫がいた記録があります。現在の「首席ネズミ捕り官」はラリー。2011年にバタシー犬猫保護施設から迎えられ、歴代首相が交代する中で15年以上もその座に居続けています。ラリーは独自のX(旧Twitter)アカウントを持ち、フォロワーは90万人を超えます。
イギリスの猫文化で見逃せないのが、中世の「暗黒時代」です。13世紀頃、教皇グレゴリウス9世が猫(特に黒猫)を悪魔の使いと見なす勅書を出したことで、大量の猫が殺されました。その結果ネズミが激増し、ペスト(黒死病)の被害が拡大したという説があります。猫を排除したことで人間が痛い目を見た──この歴史が、イギリス人の猫への実務的な敬意の原点かもしれません。
パブにも「パブキャット」と呼ばれる看板猫がいる文化があり、書店やホテルのロビーに猫がいることも珍しくありません。日本の猫カフェのような「会いに行く猫」ではなく、日常の中に猫が「配置」されている。それがイギリス流です。
台湾──廃坑から猫村へ。SNS時代の猫による村おこし
台湾の猫文化を語る上で外せないのが、新北市にある猴硐(ホウトン)猫村です。台北から電車で約1時間。かつて炭鉱で栄えたこの村は、閉山後に過疎化が進みました。しかし、坑道のネズミ退治のために飼われていた猫たちが繁殖し、100匹以上が暮らす「猫村」として生まれ変わったのです。
転機は2008年。猫好きのカメラマンがブログに猴硐の猫写真を投稿したことが、SNSで爆発的に拡散されました。2013年にはCNNの「世界6大猫スポット」に選出。年間100万人以上の観光客が訪れる台湾屈指の観光地に成長しました。
猴硐の特筆すべき点は、観光と猫の福祉を両立させようとする姿勢です。地元のボランティア団体が猫のTNR(捕獲・不妊手術・返還)活動を行い、猫の健康管理も担っています。駅舎には猫モチーフの装飾が施され、村全体が猫のテーマパークのようでありながら、猫たちはあくまで自由に暮らしている。この「管理しすぎない管理」が、猴硐の猫村としての魅力を支えています。
台湾の猫文化はカフェにも及んでいます。台北には日本式の猫カフェだけでなく、保護猫と里親をつなぐ「アダプションカフェ」が数多くあり、猫をめぐる社会的な取り組みが活発です。
猴硐猫村については、台湾・猴硐(ホウトン)猫村──炭鉱の町が猫の聖地になるまでで詳しくレポートしています。
5カ国を比較して見えてくること
5つの猫文化を並べてみると、興味深いパターンが浮かび上がります。
- 猫は常に「何かの役に立つ存在」として人間社会に入ってきた: 穀物を守り、ネズミを退治し、坑道の衛生を保った。どの国でも猫は最初「実用」から始まっている
- 実用を超えた瞬間に、文化が生まれる: 日本では信仰、トルコでは共有精神、エジプトでは神格化、イギリスでは制度、台湾では観光。猫が「道具」から「文化」に昇華するポイントは国ごとに違う
- 宗教と猫文化は切り離せない: 日本の猫神社、イスラムのサダカ、エジプトのバステト。猫に対する態度の根底には、しばしば宗教的・精神的な価値観がある
- SNS時代は猫文化を加速させた: 台湾・猴硐の成功は、ブログとSNSなしには起こりえなかった。猫の日グッズ商戦も同様で、現代の猫文化はデジタルメディアと不可分です
FAQ
Q. 世界で最も猫を大切にしている国はどこですか?
「大切にする」の定義によって答えが変わります。法的保護の手厚さならイギリス(動物福祉法が充実)、街ぐるみの世話ならトルコ(イスタンブール)、歴史的な崇拝の深さならエジプトです。日本は「猫島」「猫カフェ」「招き猫」と多様な形で猫文化を発展させており、バリエーションの豊かさでは世界随一といえます。
Q. 猫文化を体験するために、最もおすすめの渡航先はどこですか?
短期旅行なら台湾の猴硐がおすすめです。台北から日帰りで行けるアクセスの良さと、猫と触れ合える距離の近さは他に類を見ません。猫文化の奥深さを体感したいなら、イスタンブールで数日間過ごすことを推奨します。街全体が猫と共存する空気感は、訪れなければわからないものです。
Q. 日本の猫文化は世界的に見てどのような位置づけですか?
「猫カフェ」という業態を世界に広めたのは日本です。また「招き猫」は英語でもそのまま「Maneki-neko」で通じるほど国際的な知名度があります。一方で、野良猫への法的保護はイギリスほど整備されておらず、TNR活動も自治体によって取り組みに差があります。文化的発信力は世界トップクラスですが、制度面ではまだ伸びしろがあるのが日本の猫文化の現状です。
まとめ
同じ猫という動物を愛していても、日本は信仰と共存、トルコは街全体の共有財産、エジプトは神、イギリスは公務員、台湾は地域再生のシンボルと、その形はまったく異なります。猫文化の違いは、そのまま人間社会の価値観の違いを映す鏡です。自分の国の猫の愛し方を当たり前だと思わず、他国の猫文化に触れることで、猫と人間の関係の可能性の広さを知る。それが、世界の猫文化を比較する最大の面白さです。
URAYAMA NO NEKOは、猫カルチャーを発信するブランドです。オリジナルグッズはこちら → SHOP
執筆:URAYAMA NO NEKO / Tetsu Onodera

コメント