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バンクシーが描いた子猫。ガザの壁に残されたメッセージ

2015年2月、覆面アーティスト・バンクシー(Banksy)がガザ地区を訪れ、戦争で破壊された建物の壁に作品を残しました。そのうちの1点が、瓦礫の壁に描かれた子猫の絵です。ふわふわの毛並み、丸い目、リボンで遊ぶ無邪気なポーズ。インターネットで最も「いいね」がつく被写体である子猫が、爆撃で崩れ落ちた壁の上にいる。その違和感こそが、バンクシーの仕掛けたメッセージでした。

この記事では、バンクシーのガザの子猫を起点に、ストリートアートにおける「猫」の意味を読み解きます。猫はなぜ、壁に描かれるのか。

目次

「世界はガザの惨状に関心を持たない」

2014年夏、イスラエル軍によるガザ地区への大規模な軍事作戦により、2,000人以上が命を落としました。建物は瓦礫と化し、10万人以上が家を失いました。半年後の2015年2月、バンクシーはガザを訪れ、破壊された建物の壁に複数のステンシル作品を描きました。

その中に、1匹の子猫がいました。

バンクシーは自身のウェブサイトで、この作品についてこう説明しています。地元のガザ住民から「なぜ子猫を描いたのか」と聞かれたバンクシーは、こう答えました。「インターネットの人々は子猫の画像を見ることだけに関心を持っているようだから」。

この一言は、強烈な皮肉です。ガザで起きていることに世界は目を向けない。しかし、かわいい子猫の画像ならSNSで何百万回もシェアされる。ならば、ガザの壁に子猫を描こう。子猫を見に来た人の目に、その背景にある瓦礫と破壊の現実が否応なく入るように。

なぜ猫だったのか。バンクシーのモチーフ選択

バンクシーはこれまで、ネズミ、チンパンジー、象など多くの動物をモチーフにしてきました。とくにネズミ(Rat)は初期からの代名詞で、社会の底辺で生きる存在のメタファーとして繰り返し描かれています。

ガザの壁で猫を選んだのは、ネズミとは正反対の文脈です。ネズミが「社会に無視される存在」の象徴なら、猫は「インターネットで最も愛される存在」の象徴。バンクシーは、世界中の人々が熱狂する「かわいさ」の記号をあえて戦場に持ち込みました。

猫のかわいさは、ここでは武器です。人の注目を引きつけ、その視線を否応なく瓦礫へと導くための装置。猫アートの全史。浮世絵からNFTまで、猫は常にアートの中心にいたは多岐にわたりますが、「かわいさを利用して社会的メッセージを伝える」という手法は、バンクシーの子猫が最も鋭い実例のひとつです。

ストリートアートと猫の長い関係

壁に猫を描く文化は、バンクシーに始まったものではありません。ストリートアートの歴史の中で、猫は繰り返し描かれてきたモチーフです。

トーマス・マーの「猫ステンシル」

オーストラリアのストリートアーティスト、トーマス・マー(Thomas Marr)は、2000年代からメルボルンの壁に猫のステンシルを描き続けています。氏の猫は、都市の中で野生を失わずに生きる存在として描かれ、人間社会に飼い慣らされることへの抵抗を暗示しています。

C215の猫ポートレート

フランスのストリートアーティスト、C215(クリスチャン・ゲミ)は、世界各国の壁に動物の肖像を描いています。とりわけ猫の作品は有名で、緻密なステンシル技法で描かれた猫の顔は、まるで本物のポートレート写真のような存在感があります。C215にとって猫は「都市の住人」であり、ホームレスの人々や周縁化された存在への共感と重ねて描かれることが多いのです。

イスタンブールの壁の猫

イスタンブールは猫の首都だった。世界一猫に優しい街の記録では、街中の壁にさまざまな猫のグラフィティやミューラル(壁画)が描かれています。これはストリートアートというよりも、猫と都市が共存する文化の視覚的な表現です。イスタンブールでは猫は「神聖な存在」として扱われており、壁の猫は信仰と日常が交差する場所に自然と生まれたものです。

バンクシーのガザ訪問が残したもう一つの作品

ガザの子猫と同じ2015年の訪問で、バンクシーはもうひとつの象徴的な作品を残しています。爆撃で破壊された家屋のドアに描かれた、ギリシャ神話のニオベを思わせる嘆きの女性像です。さらに、監視塔を背景にブランコで遊ぶ少女の絵も。

これらの作品に共通するのは、「日常」と「戦争」の対比です。子猫がリボンで遊ぶ。少女がブランコに乗る。どちらも平和な世界では当たり前の光景ですが、瓦礫の中に置かれることで、失われた日常のかけがえのなさを突きつけます。

バンクシーの子猫は、猫がただ「かわいい存在」であることの政治性を暴いた作品でもあります。私たちが猫の写真に「いいね」を押すとき、その指はガザの子どもたちには向かない。その事実を、子猫の絵1枚で可視化してみせたのです。

2024年、バンクシーの猫が再び現れた

2024年8月、バンクシーはロンドン各地に動物のステンシル作品を相次いで発表しました。その中の1点が、エアコン室外機の上で体を伸ばす猫の作品です。クリックファーム・ストリート(Cricklewood)の建物の壁に描かれたこの猫は、まるで本物の猫が室外機の上で日向ぼっこしているかのように見えます。

ガザの子猫がインターネット文化への皮肉だとすれば、ロンドンの猫は都市と動物の共存がテーマです。バンクシーは猫というモチーフを、状況に応じてまったく違う文脈で使い分けています。同じ「壁の猫」でも、描かれる場所が変われば意味が変わる。ストリートアートの本質が、そこにあります。

猫は壁に何を語るのか

浮世絵の中の猫たち。江戸時代の猫ブームを読むから現代のストリートアートまで、猫はつねに「人間社会の鏡」として描かれてきました。歌川国芳は猫に人間の風俗を映し、バンクシーは猫に人間の無関心を映した。手法は違えど、猫という存在を通じて社会を描くという営みは、数百年にわたって続いています。

壁に描かれた猫は消えます。ストリートアートの宿命として、風雨に晒され、上から別のグラフィティを描かれ、建物ごと取り壊されることもある。ガザの子猫がいまも残っているかどうかは、確認できていません。

しかし、その画像はインターネット上に残り続けています。バンクシーが皮肉った「インターネットの猫画像」として。そしてその皮肉ごと、メッセージとして。

よくある質問(FAQ)

Q. バンクシーのガザの子猫は今も見ることができますか?

ガザ地区の状況は作品が描かれた2015年以降も不安定が続いており、作品の現在の状態を確認することは困難です。ストリートアートは屋外の壁面に描かれるため、風化や破壊のリスクが常にあります。ただし、バンクシー自身のウェブサイトや、彼が2015年に公開したガザ訪問の映像の中で、作品の画像を見ることは可能です。

Q. バンクシーはなぜ猫やネズミなど動物を多く描くのですか?

バンクシーは動物を「人間社会のメタファー」として使っています。ネズミは社会の底辺で生きる人々の象徴であり、猫はインターネット文化と大衆の関心の象徴です。動物を描くことで、政治的メッセージを直接的に語るよりも広い層に届き、なおかつ「かわいさ」や「親しみやすさ」を入り口にして深い問題提起を行える。それがバンクシーの戦略です。

Q. ストリートアートの猫と美術館の猫アートは何が違いますか?

最大の違いは「場所の力」です。美術館やギャラリーに展示された猫のアートは、「アートとして鑑賞される」ことを前提にしています。一方、ストリートアートの猫は、その壁、その街、その文脈の中に存在する。ガザの瓦礫に描かれた子猫と、美術館の白い壁に飾られた子猫の絵では、まったく異なるメッセージが生まれます。ストリートアートは「場所」が作品の一部なのです。

まとめ

バンクシーがガザの壁に描いた子猫は、インターネット時代の「かわいさ」が持つ力と、その裏側にある無関心を、1枚の絵で暴いた作品です。猫はかわいい。だからこそ人は見る。その視線を、本来見るべき現実へと誘導する。猫を政治的メッセージの「トロイの木馬」にしたバンクシーの手法は、猫がアートの中で果たしうる役割の射程を一気に広げました。壁の上の子猫は、ただかわいいだけの存在ではありません。

URAYAMA NO NEKOについて

URAYAMA NO NEKOは、猫カルチャーを発信するブランドです。猫のいる風景、猫と暮らす空間、猫が登場するアートやデザイン。猫を取り巻く文化のすべてを、カルチャーメディアとして記録し、発信しています。オリジナルグッズはこちら → SHOP

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執筆:URAYAMA NO NEKO / Tetsu Onodera

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