日本で最も有名な縁起物でありながら、その起源はいまだに決着がついていません。
右手を挙げた白い猫の置物。飲食店のレジ横、商店街の入口、海外のチャイナタウン。あらゆる場所で見かける招き猫ですが、「どこで生まれたのか」を問うと、複数の土地が名乗りを上げます。東京・世田谷の豪徳寺か、浅草の今戸神社か。あるいは京都の伏見稲荷か。この記事では、招き猫の発祥地論争をジャーナリスティックに整理しながら、その文化的な奥行きを辿ります。
招き猫の起源──最古の記録はどこにあるか
招き猫の歴史を語るうえで、まず押さえておきたいのは「文献で確認できる最古の記録」です。現在の研究では、江戸時代後期(18世紀後半〜19世紀前半)に東京・浅草周辺で作られていた今戸焼の土人形「丸〆猫(まるしめのねこ)」が、招き猫の原型とされています。背中に「〆」の字が描かれたこの丸い猫の人形は、福やお金を招く縁起物として江戸庶民の間で広まりました。
歌川広重の浮世絵「浅草田圃酉の町詣」(1857年)には、遊郭の窓辺に丸〆猫が置かれている様子が描かれています。また、同時代の歌川国芳も猫を好んで描いた浮世絵師であり、当時の江戸における猫文化の隆盛がうかがえます。猫と浮世絵の関係については、歌川国芳――江戸のストリートアーティストは無類の猫好きだったでも詳しく取り上げています。
豪徳寺説──井伊直孝と白猫「たま」の伝説
招き猫発祥の地として最も広く知られているのが、東京都世田谷区にある曹洞宗の寺院・豪徳寺です。
伝承によると、江戸時代初期の1633年頃、近江彦根藩の藩主・井伊直孝が鷹狩りの帰り道、小さな寺の門前で一匹の白猫が手招きしているのを見かけました。直孝が猫に誘われるまま寺に入ると、直後に激しい雷雨が降り出した。猫のおかげで雷を避けることができた直孝は、この寺との縁に感謝し、寺を大きく改築・再興しました。これが現在の豪徳寺です。
この白猫は「たま」と名づけられ、死後は「招福猫児(まねきねこ)」として祀られるようになりました。境内の招福殿には、参拝者が奉納した大小さまざまな招き猫が数百体も並ぶ、壮観な光景が広がっています。なお、豪徳寺の招き猫は小判を持っていません。「猫は機会を与えてくれるが、福そのものは自分でつかむもの」という禅の教えが反映されているとされます。
ちなみに、彦根藩・井伊家とのつながりから、滋賀県彦根市の人気キャラクター「ひこにゃん」も豪徳寺の白猫がモデルになっています。
今戸神社説──夢枕に立った猫と今戸焼
もうひとつの有力な発祥地が、東京都台東区・浅草にある今戸神社です。
江戸時代末期、この付近に暮らしていた貧しい老婆が、生活に困り果てて愛猫を手放さざるを得なくなりました。するとある夜、夢枕にその猫が現れ、「自分の姿を人形にしてほしい」と告げたのです。老婆がお告げに従い、地元の今戸焼で猫の土人形を作って浅草寺の参道で売り出したところ、これが大評判に。老婆は貧困から抜け出すことができたと伝えられています。
今戸神社は現在、「招き猫発祥の地」を公式に掲げており、縁結びのパワースポットとしても人気です。本殿には珍しいペアの招き猫が鎮座しています。今戸焼は東京最古の焼き物のひとつであり、この土地と焼き物の歴史が招き猫文化の土壌を形成したことは間違いないでしょう。
第三の説──京都・伏見稲荷と檀王法林寺
関東の二大勢力だけが発祥地ではありません。京都にも有力な説があります。
伏見稲荷大社の門前では、古くから「伏見人形」と呼ばれる土人形が作られてきました。日本の土人形の元祖ともいわれるこの伏見人形の中に、猫の招福像が含まれていたことから、伏見こそが招き猫の発祥だとする説があります。江戸時代後期には土産物として広く流通していたことが確認されています。
また、京都・三条にある檀王法林寺(だんのうほうりんじ)には、「主夜神(しゅやじん)」の使いとして黒い招き猫が祀られており、こちらも日本最古級の招き猫伝承を持つ寺院として知られています。
つまり、招き猫の「発祥」には少なくとも3つの系統があるのです。豪徳寺は「生きた猫の伝説」、今戸神社は「焼き物としての招き猫」、伏見は「土人形文化の中の猫」。それぞれが異なる角度から招き猫の起源を主張しており、厳密にはどれかひとつに絞ることはできません。日本各地の猫を祀る神社が日本にある。猫神信仰の全記録にも、それぞれの猫信仰が根づいています。
右手か左手か、色は何色か──招き猫のバリエーション
招き猫の世界は、見た目以上に奥深い体系を持っています。まず、挙げている手の違いです。
- 右手を挙げている招き猫:金運・財運を招くとされる。打ち出の小槌を振る手が右手であることに由来
- 左手を挙げている招き猫:人(客)を招くとされる。商売繁盛を願う店舗に好まれる
- 両手を挙げている招き猫:金運と人の両方を招く。ただし「お手上げ」に通じるとして避ける向きもある
手の高さにも意味があり、高く挙げているほど遠くの福を招き、低いほど身近な福を呼ぶとされています。
色によるご利益の違いも明確です。
- 白:最もオーソドックス。開運招福、全体運
- 黒:魔除け・厄除け。夜でも目がきく猫の力にちなむ
- 金・黄:金運上昇。商売繁盛
- 赤:病除け・無病息災。疱瘡や麻疹の神が赤色を嫌うとされたことに由来
- ピンク:恋愛運。比較的新しいバリエーション
- 緑:学業成就・合格祈願
日本で猫がこれほど多様な象徴性を持つ背景には、古くからの猫信仰の歴史があります。日本の猫史。弥生時代から令和まで、2000年の猫と人間の関係を遡ると、猫は穀物を守るネズミ捕りとして重宝され、やがて福を呼ぶ霊獣として信仰の対象にもなっていったことがわかります。
三大産地──常滑・瀬戸・九谷
招き猫のかたちは産地によっても大きく異なります。現在の三大産地とされるのが、愛知県の常滑焼と瀬戸焼、石川県の九谷焼です。
- 常滑焼(愛知県常滑市):ふっくらとした丸い体つきが特徴。現在、日本で最も流通している招き猫のスタンダードな姿は常滑産。とこなめ招き猫通りには高さ3.8メートルの巨大招き猫「とこにゃん」が鎮座する
- 瀬戸焼(愛知県瀬戸市):「古瀬戸型」と呼ばれる細身で前垂れを着けた上品なスタイル。瀬戸市には日本唯一の「招き猫ミュージアム」があり、全国から集められた約5,000点の招き猫を所蔵
- 九谷焼(石川県):華やかな色絵付けが特徴。赤・黄・緑・紫・紺青の「九谷五彩」で描かれた招き猫は、美術品としての価値も高い
海を渡った招き猫──”Lucky Cat”の誤解と浸透
招き猫は現在、世界中で目にする日本発の文化アイコンのひとつです。英語では”Lucky Cat”や”Beckoning Cat”と呼ばれ、アジアンレストランや中華料理店の店頭に置かれている光景はおなじみでしょう。
しかし、ここにひとつの「誤解」があります。中華圏のチャイナタウンで広く普及したことから、招き猫は「中国発祥」だと思われていることが少なくありません。英語圏では”Chinese Lucky Cat”と表記されるケースも多く、日本文化としての認知が必ずしも正確に伝わっていない現実があります。
一方で、招き猫のデザインは各国で独自の進化を遂げています。電池式で手を振る(正確にはベコニング=手招きではなくウェイビング=手を振る動作に変化した)タイプは、海外市場向けに開発されたもの。本来の日本式の「手招き」は手のひらを下に向けて指を折る動作ですが、欧米ではこれが「さよなら」に見えてしまうため、手のひらを上に向けた「手を振る」動作に変更されたのです。
アメリカ・オハイオ州シンシナティには、2,000点以上の招き猫を収蔵する「Lucky Cat Museum」があり、日本文化の研究対象としても注目されています。
現代の招き猫カルチャー
招き猫は伝統的な縁起物であると同時に、現代のポップカルチャーとも接続しています。
毎年9月29日は「招き猫の日」。「くる(9)ふ(2)く(9)=来る福」の語呂合わせで、日本招猫倶楽部と愛知県瀬戸市の「招き猫ミュージアム」が1995年に制定しました。瀬戸市では毎年この時期に「来る福招き猫まつり」が開催され、全国から猫好きと招き猫コレクターが集まります。
また、デザインの世界でも招き猫は進化を続けています。アーティストやクリエイターがリデザインした現代アート的な招き猫、ガラスや木彫りなど陶器以外の素材で作られた招き猫、ご当地キャラクターとコラボした招き猫など、そのバリエーションは年々広がっています。招き猫は「懐かしい縁起物」ではなく、今もなお更新され続ける生きた文化なのです。
引用・出典
- 豪徳寺公式サイト「豪徳寺と招き猫」
- 今戸神社(東京都台東区)公式情報
- 中外陶園「知れば開運!しあわせ招く、招き猫のカタチの秘密」
- 中川政七商店「招き猫とは。江戸から全国に広まった縁起物」
- 愛知県瀬戸市「招き猫ミュージアム」
- National Geographic “The fascinating history behind the popular ‘waving lucky cat'”
- SFO Museum “Maneki Neko: Japan’s Beckoning Cat”
FAQ
Q. 招き猫の発祥地はどこですか?
A. 定説はありません。東京・世田谷の豪徳寺(生きた猫の伝説)、浅草の今戸神社(今戸焼の土人形)、京都・伏見(伏見人形の猫像)など複数の有力な発祥説があります。豪徳寺は「伝説としての招き猫」、今戸神社は「焼き物としての招き猫」の発祥と整理されることが多いです。
Q. 招き猫の右手と左手にはどんな意味がありますか?
A. 右手を挙げている招き猫は金運・財運を招き、左手を挙げている招き猫は人(客)を招くとされています。商売繁盛を願う店舗では左手挙げ、個人の金運アップには右手挙げが選ばれる傾向があります。両手を挙げたタイプは金運と人の両方を招きますが、「お手上げ」に通じるとして好まない方もいます。
Q. 海外で招き猫が「中国のもの」と思われているのはなぜですか?
A. 招き猫は日本発祥の文化ですが、20世紀後半に中華圏の商店やチャイナタウンで広く普及したことから、欧米では”Chinese Lucky Cat”と認識されることが多くなりました。英語圏では”Beckoning Cat”(手招き猫)が正確な呼称ですが、”Lucky Cat”という呼び名が一般的です。
まとめ
招き猫の「発祥地」は、ひとつに決めることができません。豪徳寺には井伊直孝と白猫の美しい伝説があり、今戸神社には今戸焼の土人形という実物の歴史がある。伏見には日本最古級の土人形文化が息づいている。それぞれが異なる角度から、猫が福を招くという日本人の信仰を形にしてきました。右手か左手か、白か黒か金か。小さな置物ひとつに込められた意味の体系は、日本の縁起物文化の奥深さそのものです。発祥地論争に決着はなくとも、招き猫が何百年にもわたって人々に愛されてきた事実だけは、揺るぎません。
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