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尾道「猫の細道」――坂の街で猫アートを歩く

広島県尾道市。瀬戸内海に面した坂の街には、約200メートルの細い路地に1,000匹以上の「石の猫」が棲みついています。猫の細道と呼ばれるその小径は、アーティスト園山春二氏が1998年から石に猫を描き続けたことで生まれた、日本でも類を見ない猫アートの回廊です。

この記事では、猫の細道を中心に、尾道がなぜ「猫の街」になったのか、福石猫の制作秘話、坂と猫の関係、そして実際に歩くために知っておきたい情報を記録します。観光ガイドというよりも、猫と坂と港町が織りなす尾道の文化を、丁寧にたどる散歩記のつもりで書きました。

目次

なぜ尾道は「猫の街」になったのか

尾道に猫が多い理由は、地形と歴史の両面にあります。

まず港町であること。尾道は中世に荘園の倉敷地として開かれ、近世には「広島藩の台所」と呼ばれた商都でした。北前船が寄港し、漁業も盛んだったこの港町には、魚を求めて猫が自然と集まりました。港町と猫の関係は、日本の猫島完全ガイド。人口より猫が多い島の地図にも共通する構造です。

次に坂道であること。尾道は海と山が極端に近接した地形をしています。山側には自動車はおろか自転車さえ通れない坂道や階段が網の目のように張り巡らされています。車が入れないということは、猫にとっては安全な領域です。入り組んだ路地、石垣の隙間、古い空き家の縁の下。猫が身を隠し、子を育て、昼寝をする場所に事欠かない。この地形そのものが、猫の生息環境として理想的だったのです。

そして三つ目の理由が、アートの力です。1990年代後半、この坂の街に一人のアーティストが現れ、猫を「見えるもの」に変えました。

園山春二と「尾道イーハトーヴ」構想

園山春二(そのやま しゅんじ)氏は、1997年に尾道で「尾道イーハトーヴ」という空間プロジェクトを始めました。「イーハトーヴ」とは宮沢賢治が理想郷を意味する造語として使った言葉です。園山氏は、空き家や廃屋が増えていた尾道の山手地区に着目し、古民家を一軒ずつ改修しながら、アートと町と人を繋ぐ「理想郷」を作り上げていきました。

その象徴が、1998年に始まった「福石猫」の設置です。艮神社(うしとらじんじゃ)の東側から天寧寺三重塔にかけて続く約200メートルの細い路地。ここに園山氏が丸い石に猫の絵を描いて置き始めたことから、この道は「猫の細道」と呼ばれるようになりました。

現在、猫の細道を含む尾道の各所には1,000匹以上の福石猫が棲みついています。猫の細道には108個の福石猫が置かれているとされ、この「108」という数字は煩悩の数に由来するといわれています。

福石猫ができるまで――1年がかりの制作工程

福石猫は、ただ石に猫を描いたものではありません。その制作には約1年の時間がかかります。

  • 石探し:まず波に揉まれて角が取れた丸い石を海辺で探す。手に馴染む大きさと形が重要
  • 塩抜き(約半年):海から拾った石には塩分が含まれているため、半年ほどかけて塩を抜く
  • 下地塗り(三度塗り):特殊な絵の具を三度重ねて塗る。耐候性を持たせるための工程
  • 絵付け:園山氏の手で一匹ずつ猫の表情が描かれる。同じ顔の福石猫は一つもない
  • お祓い:完成した福石猫は艮神社でお祓いを受け、初めて「福石猫」として命を吹き込まれる

半年の塩抜き、三度塗りの下地、神社でのお祓い。これは量産品ではなく、一匹ずつ魂を込めて作られるアート作品です。路地に何気なく置かれた石の猫が、実は1年の歳月を経ていると知ると、見え方が変わります。

猫の細道を歩く――約200メートルの猫アート回廊

猫の細道は、千光寺山ロープウェイの山麓駅近く、艮神社の東側を起点として天寧寺三重塔方面へと続く小径です。距離にしてわずか200メートルほどですが、この短い道に猫アートの世界が凝縮されています。

歩き始めるとすぐに、路傍や石垣の上、植木鉢の隣に福石猫が佇んでいることに気づきます。丸みを帯びた石の上に描かれた猫は、笑っていたり、眠っていたり、こちらを睨んでいたり。一匹ずつ表情が異なるため、「次はどんな顔の猫がいるだろう」と探しながら歩く楽しみがあります。

猫の細道沿いには、園山氏が手掛けた施設がいくつか点在しています。

  • 招き猫美術館 in 尾道:大正時代の民家を改装した小さな美術館。1階にショップと招き猫神社、2階に日本全国から収集された約3,000体の招き猫コレクションが展示されている。江戸時代の貴重な招き猫も含まれる
  • 梟の館(ふくろうのやかた):古民家を改装したカフェ。窓から尾道水道を一望できる。猫の細道の散策途中に立ち寄る人が多い
  • 尾道イーハトーヴの各施設:園山氏が廃屋を改修したギャラリー、バー、庭園などが点在し、猫の細道を含むエリア全体が一つの「作品」として構成されている

なお、猫の細道には本物の猫が現れることもあれば、まったく見かけない日もあります。猫アートの全史。浮世絵からNFTまで、猫は常にアートの中心にいたを辿る旅として福石猫を楽しむのが、この道の正しい歩き方かもしれません。生きた猫に会えたら、それはボーナスです。

尾道の猫カフェと猫スポット

猫の細道以外にも、尾道には猫と出会える場所がいくつかあります。

ねこ喫茶 ユトレヒト

千光寺山ロープウェイ沿いに位置する猫カフェです。店内にいる猫はすべて保護猫で、赤ちゃんの頃から人に育てられているため、人懐っこい子が多いのが特徴です。尾道水道を見下ろすロケーションも魅力の一つ。

空猫カフェ(そらねこカフェ)

坂を登った先にある古民家カフェ。猫カフェというよりは、猫がいるカフェという雰囲気です。目の前に尾道水道が広がる眺望が素晴らしく、名物のベーグルを目当てに訪れるリピーターも。猫モチーフの雑貨も販売されています。

坂道の野良猫たち

尾道の猫スポットとして最も広大なのは、実は「坂道そのもの」です。千光寺公園へ向かう坂道、路地裏の石段、神社の境内。車が入れない狭い道のあちこちに、猫たちが思い思いの場所で寛いでいます。特に午前中の日当たりのいい石段や、午後の日陰になる路地裏は猫の出現率が高いとされています。

猫に会える散歩道。全国の”猫通り”を歩くのなかでも、尾道はアートと生きた猫の両方を楽しめる稀有な街です。

坂と猫の関係――なぜ猫は坂道に棲むのか

尾道に限らず、坂の街には猫が多いという印象があります。長崎、神戸、鎌倉、そして尾道。これは偶然ではなく、いくつかの構造的な理由があります。

  • 車が入れない:急な坂道や狭い路地には自動車が進入できない。交通事故のリスクが低いことは、猫にとって大きな安全要素
  • 隠れ場所が豊富:石垣の隙間、擁壁の裏、階段の下、空き家の縁の下。起伏のある地形は、猫が身を隠す場所を大量に提供する
  • 高低差が猫の習性に合う:猫は高い場所を好む動物。坂道の途中にある塀や屋根の上は、周囲を見渡せる理想的なポジション
  • 港町であること:坂の街はたいてい港町でもある。漁港から得られる魚の残滓は、猫にとって重要な食料源だった
  • 空き家の増加:高齢化で山手の住宅が空き家になると、猫の住処が増える。尾道の山手地区でも空き家の増加と猫の存在は無関係ではない

つまり、坂の街が猫を呼ぶのではなく、坂の街の構造が猫の生存に適しているのです。尾道の場合、そこに園山氏のアートプロジェクトが加わることで、「猫がいる坂道」が「猫の街」へと昇華しました。

尾道・猫の細道へのアクセス

猫の細道は尾道駅から徒歩圏内にあります。

  • 最寄り駅:JR山陽本線 尾道駅(広島駅から約1時間20分、福山駅から約20分)
  • 猫の細道まで:尾道駅から徒歩約15〜20分。商店街を抜け、千光寺山方面の坂道を登る
  • ロープウェイ利用:千光寺山ロープウェイで山頂駅まで上がり、下りながら猫の細道を歩くルートもおすすめ
  • 招き猫美術館:猫の細道沿い(営業日・時間は事前に確認を推奨)

坂道を歩くため、歩きやすい靴は必須です。特に雨の日は石畳が滑りやすいので注意してください。夏場は日差しを遮るものが少ない区間もあるため、帽子や水分補給の準備も忘れずに。

引用・出典

よくある質問(FAQ)

Q. 猫の細道に行けば必ず本物の猫に会えますか?

必ず会えるとは限りません。猫の細道は「福石猫」という石に描かれた猫アートの道であり、生きた猫の飼育施設ではないためです。猫の細道公式サイトでも「猫の細道に猫はいない?」という疑問に対して説明がなされています。ただし、尾道の山手地区全体には多くの猫が暮らしており、坂道や路地裏で猫に遭遇する確率は決して低くありません。特に朝方や夕方、人通りの少ない時間帯が狙い目です。福石猫を愛でつつ、本物の猫との出会いは「運」として楽しむのがおすすめです。

Q. 福石猫は購入できますか?

はい、購入可能です。猫の細道沿いの招き猫美術館や尾道イーハトーヴ関連のショップで、園山春二氏が制作した福石猫が販売されています。一つ一つ手描きのため同じものは二つとなく、サイズや表情もさまざまです。制作に約1年かかる作品ですので、量産品とは異なる特別な一品として手に取ってみてください。在庫状況や価格は時期によって異なるため、訪問時に直接確認されることをおすすめします。

Q. 猫の細道周辺を回るのに何時間くらい必要ですか?

猫の細道だけを歩くなら15〜30分程度ですが、招き猫美術館の見学や周辺のカフェ立ち寄り、千光寺公園の散策を含めると2〜3時間は確保したいところです。千光寺山ロープウェイで山頂まで上がり、千光寺を参拝してから坂道を下りつつ猫の細道を通り、艮神社を経て商店街に戻るルートが定番です。さらに尾道の商店街や港周辺の猫スポットも巡るなら、半日は見ておくとゆっくり楽しめます。

まとめ

尾道の猫の細道は、一人のアーティストが27年以上にわたって石に猫を描き続けたことで生まれた、世界でも稀な猫アートの小径です。港町の漁業文化が猫を呼び、車の入れない坂道が猫の居場所を作り、園山春二氏のアートが猫を「この街の象徴」に変えた。地形と歴史とアートの三つが重なった結果が、今の「猫の街・尾道」です。

福石猫の制作に1年をかけ、完成した石に神社でお祓いをする。この丁寧さは、猫への敬意そのものです。1,000匹を超える福石猫は、尾道の坂道に静かに棲みつき、雨にも風にも耐えながら、訪れる人を迎え続けています。

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執筆:URAYAMA NO NEKO / Tetsu Onodera

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